痛みか不穏か迷ったときに考えていること

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深夜、判断に迷う場面

深夜の時間帯でした。

ある患者さんが落ち着かない様子を見せていました。

動きが増え、
表情にも緊張が見られる。

声をかけると反応はあるものの、
はっきりとした訴えはつかみにくい。

「これは痛みなのか、それとも不穏なのか」

その場で、迷いが生まれました。


その時の私の気持ち

最初に感じたのは、焦りでした。

落ち着かない様子を見ると、
まずは安全を確保しなければいけない。

その一方で、
何が起きているのかを理解したい。

対応を急ぐほど、
原因から離れてしまうような感覚もありました。


せん妄対応の難しさ

せん妄の場面では、

興奮や混乱への対応が優先されることがあります。

転倒のリスクや、
ラインの自己抜去など、
目の前の危険を防ぐ必要があるからです。

その中で、

「なぜこうなっているのか」

という原因を考えることが、
後回しになってしまうこともあります。


振り返って考えたこと

あとから振り返ると、
一つの視点が抜けていたように感じました。

それは、

「この人は、どうしてほしかったのか」

という視点です。

痛みがあったのかもしれない。
不安が強かったのかもしれない。
環境に戸惑っていたのかもしれない。

どの可能性もありながら、
その人自身の感覚に十分に目を向けられていたか。

そう考えました。


もう一つ、大切にしていること

そしてもう一つ、
大切にしていることがあります。

それは、

自分自身が落ち着くことです。

焦っているときほど、
目の前の状況を狭く捉えてしまうことがあります。

一度立ち止まり、
呼吸を整える。

それだけで、
患者さんの表情や反応の見え方が変わることがあります。

不思議なことに、
自分が落ち着くことで、
せん妄の背景にある原因が、少し見えてくることもありました。


私が意識していること

迷ったときほど、
一度立ち止まって考えるようにしています。

  • 表情はどうか
  • 体の動きはどうか
  • 声のトーンはどうか

そして、

「何を伝えようとしているのか」

を想像すること。

正確に分からなくても、
その人の立場に近づこうとすること自体に意味があると感じています。


最後に

痛みか不穏か。

その判断は大切です。

でもそれと同じくらい、

「この人は、今どうしてほしいのか」

そして、
「自分は落ち着いて関われているか」

という視点も大切なのだと思います。

すぐに答えが出ないことも多いですが、
その問いを持つことで、
関わり方が少し変わるように感じています。

もし同じような場面に出会ったとき、
あなたはどんな状態で関わりますか。

その問いを持ちながら、
また次の現場に向かいます。